1. 宇宙を満たす暗黒物質
皆さんは「暗黒物質/ダークマター」といった単語を聞いたことはあるでしょうか?響きが良いため色々な所で使われていますが、元はれっきとした物理学用語です。銀河を観察すると、光で見える物質だけでは説明できない現象がいくつもあります。例えば銀河の回転速度は、輝く星の量を勘定する限りは外側へ行くほど遅くなっていくはずなのですが、実際には一定となっており光らない物質=暗黒物質が銀河に大量に存在していることを示唆しています。
また宇宙背景放射や大規模構造といった宇宙全体の観測から、電子や原子核など我々の知っている”普通の物質”は宇宙の組成のたった5%程度に過ぎず、大部分は「ダークエネルギー」と、単に光を発しないだけでなく根本的に電磁相互作用をしない「コールドダークマター(CDM)」という重たい物質であることがわかっています。この暗黒物質としての性質を持つ素粒子は、現在の素粒子標準模型に含まれておらず、暗黒物質の直接検出および正体解明は宇宙物理学・素粒子物理学の最重要課題の1つとなっています。
2. 暗黒物質探索実験
暗黒物質の候補は複数種類考えられており,対象となる領域に感度を持つ検出器を用いて多くのグループが探索実験を行っています。現在進められている探索のアプローチは大別 すると,加速器実験・直接探索・間接探索の3つです。
間接探索では、暗黒物質の対消滅または崩壊により放出された様々な標準模型上の粒子・反粒子やγ線を、宇宙線として測定することにより暗黒物質の検出・性質解明に迫ります。
AMS-02(衛星実験)やBESS(気球実験)などの多くの実験が、既に宇宙線の観測を進めています。様々な粒子種で暗黒物質を示唆する測定結果もありますが、宇宙線と星間物質が衝突することにより生じる背景事象が多いため、決定的な観測結果は得られていません。
現在、様々なアプローチや実験手法を用いて、多くのグループが最初に暗黒物質を発見しようと実験を進めています。
3.GRAMS実験
GRAMS(Gamma-Ray and AntiMatter Survey)は、「宇宙線荷電反粒子の検出による暗黒物質発見」と「MeV領域γ線の観測」を目指す国際コラボーレーション実験です。荷電反粒子の中でも特に反重陽子(antideuteron)に注目をしています。図〇のように、GeVにピークを持つ背景事象(赤線)に対して、様々な暗黒物質モデルを起源とする理論(緑線)はMeV領域にピークを持つようなスペクトルを予想しています。そのため、宇宙線反重陽子の発見により、暗黒物質などの未知の生成源を強く示唆することができます。
一方で、γ線の観測ですが、MeV領域は他のエネルギー帯域と比較して観測が進んでいません。もう一つの目的であるMeVγ線の観測は、DMの間接探索だけでなく、重元素合成のモデルを検証することで物質の起源に迫る大きなインパクトとなります。
GRAMS実験では気球搭載型LAr-TPCとそれを覆う2層のToFシンチレータを用いて観測を行います。反重陽子のような荷電粒子がLAr-TPCを通過すると、飛跡に沿ってLArを電離または励起します。電離電子とシンチレーション光を観測することによりLAr-TPCは飛跡に沿ったdE/dXを再構成できます。また、ToFや反粒子がArと対消滅し放出されるパイオンなどを用いることにより、強力な粒子識別が可能です。一方で、γ線はLAr-TPCをコンプトンカメラとして使用し観測します。
4. 寄田研究室の取り組み
早稲田大学寄田研究室では、2009年8月の設立時から液体アルゴン検出器に関する様々な研究開発を行っており、2012年度より本格的に暗黒物質探索にフォーカスし”ANKOK(Arugon Nisougata Kenshutuki OK)実験”を2020年まで行いました。ANKOK実験で培ったLAr検出器の経験を活かし、GRAMS実験の準備を進めています。
これまでに低温・圧力・液面の制御と維持、高電圧印加と電場成形、ppbの高純度の維持、波長変換材を用いた128nm蛍光の検出といった検出器構成要素開発を確立してきました。
GRAMSグループ内 (東大、理研、コロンビア大、ノースイースタン大…etc)で密に連絡を取りながら、南極での気球実験に向けて準備をしています。今年度 寄田研究室では、荷電反粒子に対するLAr応答の理解をシミュレーションと実機を用いた実験を並行して進めています。また、γ線観測に向けて、電子読み出しを実装した高エネルギー分解能LAr-TPCの開発を行っています。