2013/07/01

3.寄田研究室の取り組み

物理解析

 ヒッグス粒子は2012年にATLAS/CMS両実験で発見され、翌年には質量やスピンが標準模型と無矛盾であること、2018年には第三世代フェルミオン(τ,top,bottom)への結合を発見しました。これらの実験事実はヒッグス粒子が標準模型の予言通りであることを示しています。しかしヒッグス機構は、なぜヒッグス粒子の質量が125GeVなのか、なぜメキシカンハット型のポテンシャル(mu^2<0)を持つのか、などヒッグス機構自身の本質的な問に説明を与えません、すなわち、より本質的な物理が存在していることを示唆します。
 当研究室では、理論的な整合性から予言される新物理探索の解析(トップダウン的アプローチ)と、標準模型の検証から新物理の示唆を絞り込む解析(ボトムアップ的アプローチ)の両面から、標準模型を超える物理現象の発見に向けた研究を行っています。トップダウンの研究の一例としては、超対称性の有力なモデルから予言される長寿命粒子の探索を行っています。超対称性はヒッグス粒子の質量を自然に説明することにとどまらず、3つの力(弱・強・電磁)を統一でき、暗黒物質の候補を与える極めて魅力的な理論であるため、LHCでのメインターゲットとなっています。当研究室はTevatron(LHCの一世代前の加速器)の時代から培った荷電粒子の同定技術(トラッキング)に対する理解を武器とし、現地CERNの最先端で解析設計から物理結果まで、主体的に行っています。また、ボトムアップの研究としては、電弱対称性の破れの検証を目的としたウィークボソン散乱振幅測定を行っています。この散乱過程はヒッグス粒子の存在が散乱振幅の二次の発散をキャンセルしていることを確認できるため、ヒッグス粒子が関わる新物理に極めて感度が高い測定対象です。特に発見される可能性のある複合ヒッグス模型は、メキシカンハット型のポテンシャルの意味付けを行う可能性があり、非常に注目されています。当研究室では高運動量ウィークボソンの研究に深く関わってきた実績を活かし、解析グループを主導的に動かし先駆的な研究成果を挙げてきました。また、LHCと異なる実験での新物理の示唆がLHCで確認できる場合、それらの発見または棄却をいち早く取り組むことも軽いフットワークで行っています。具体的には、2010年代に複数実験で報告されたR(D*)(B中間子のD中間子を伴う崩壊の、τとそれ以外の荷電レプトンへの崩壊確率の比)の標準模型の予言からのズレに対する検証として、レプトクォークの研究があります。ヒッグス粒子のτ粒子への崩壊を軸として培ってきた、τ粒子の実験的取扱いに関する理解を利用して、萌芽的な研究を行っています。
(これらの研究課題は、当研究室スタッフはもちろんのこと学生、他の研究機関の専門家との自由な議論のもと形成された一例であり、今後も継続または新たな研究課題に取り組む可能性があります。)
 ATLAS実験は、検出器ハードウェアー、トリガー回路、物理解析と多岐に渡る技術、専門性がないと、自分たちのやりたいことが達成できません。寄田研究室では、これらをコヒーレントかつ着実に進めるため、博士学生(2018年度2名)はCERNに長期滞在し(修士学生も数か月/年)、テレビ会議などを駆使して、連絡を充実させ、現場の研究者とともに新しい現象を発見すべく、日々頑張っています。

高速飛跡検出システム・トリガー回路(FTK)の開発と構築

 たとえば、ヒッグス粒子の性質測定、標準理論をこえる粒子の探索のためにも、より多くのデータが必要です。今後LHC加速器は、欲しい事象をより多く取得するため、何段階ものアップグレードを行い、エネルギーとビーム輝度を上げていく予定です。しかし多くの事象を発生させると、目的の事象とは関係のない背景事象も多く発生します。ATLASでは陽子衝突が1秒間に4千万回の頻度で起こりますが、データとして書き出せるのは数百回分しかありません。
 そこで、必要な事象といらない事象を素早く判別し、必要な事象に絞って記録する「トリガー」の役割がとても重要になってきます。特に、一度の衝突でたくさんの事象が発生するようになったら、粒子の飛跡を詳しく把握することが必要不可欠になります。現在、ATLASトリガーシステムでは飛跡の再構成はオフラインと同様の解析ソフトウェアで行われていますが、これには多量のCPU時間がかかり、検出器の一部分の飛跡しか再構成できず、トリガーにおいて飛跡情報をフルに活用することができませんでした。
 そこで必要とされてくるのが、現在寄田研究室がシカゴ大学やピサ大学などと協力して開発を進めているFTK(Fast Tracker:高速飛跡トリガー)システムです。FTKシステムはあらかじめ大量の飛跡パターンをメモリに記憶しており、それと比べることによって素早く飛跡を再構成します。FTKを挿入すれば、早い段階で検出器全体の飛跡情報を得られます。この情報を使って、高輝度下での実験にも対応できるトリガーが作れると考えられています。
 FTKはいくつもの複雑な電子回路の組み合わせで動作しますが、寄田研究室ではこのうち検出器からデータを受け取る最上流の部分(IM;Input Mezzanine)を開発しています。このIMボードについては、基板のデザインから、ボードの量産、ファームウェア開発、ATLASへの実装および運用まで、寄田研究室で一貫して行っている計画です。また、本来の目的であるFTKの物理解析への応用(主にヒッグス粒子のフェルミオンへの崩壊事象の研究)にむけた準備として、トリガーシミュレーションの確立、飛跡の再構成率や分解能の理解、一次衝突点の再構成などの 基礎研究を進めています。
 2015年の再運転の際にはこのシステムをATLAS実験に挿入し、素粒子物理学の新しい幕開けに、実地的かつ本質的に貢献しながら、立ち向かっているのです。