2013/07/01

3.寄田研究室の取り組み

物理解析

 ヒッグス粒子は発見され、質量やスピンが測定されていますが、これは主にボソンに崩壊する過程の観測の結果です。フェルミオンへの崩壊過程については、まだ単独に発見されてはいません。そもそもヒッグス機構の中で、ヒッグス粒子と他のボソンとの結合(ゲージ結合)とフェルミオンとの結合(湯川結合)は、まったく異なる記述によって説明されます。その意味でも、τレプトン、bクォークやtクォークとの結合を単独で測定することは、ヒッグス機構そのものの検証に迫る、重要な研究課題です。寄田研究室では、このヒッグス粒子の湯川結合に着目し、研究を行っています。
 ATLAS実験は、検出器ハードウェアー、トリガー回路、物理解析と多岐に渡る技術、専門性がないと、自分たちのやりたいことが達成できません。寄田研究室では、これらをコヒーレントかつ着実に進めるため、博士学生(2013年度3名)はCERNに長期滞在し(修士学生も数か月/年)、テレビ会議などを駆使して、連絡を充実させ、現場の研究者とともに新しい現象を発見すべく、日々頑張っています。

高速飛跡検出システム・トリガー回路(FTK)の開発と構築

 たとえば、ヒッグス粒子の性質測定、標準理論をこえる粒子の探索のためにも、より多くのデータが必要です。今後LHC加速器は、欲しい事象をより多く取得するため、何段階ものアップグレードを行い、エネルギーとビーム輝度を上げていく予定です。しかし多くの事象を発生させると、目的の事象とは関係のない背景事象も多く発生します。ATLASでは陽子衝突が1秒間に4千万回の頻度で起こりますが、データとして書き出せるのは数百回分しかありません。
 そこで、必要な事象といらない事象を素早く判別し、必要な事象に絞って記録する「トリガー」の役割がとても重要になってきます。特に、一度の衝突でたくさんの事象が発生するようになったら、粒子の飛跡を詳しく把握することが必要不可欠になります。現在、ATLASトリガーシステムでは飛跡の再構成はオフラインと同様の解析ソフトウェアで行われていますが、これには多量のCPU時間がかかり、検出器の一部分の飛跡しか再構成できず、トリガーにおいて飛跡情報をフルに活用することができませんでした。
 そこで必要とされてくるのが、現在寄田研究室がシカゴ大学やピサ大学などと協力して開発を進めているFTK(Fast Tracker:高速飛跡トリガー)システムです。FTKシステムはあらかじめ大量の飛跡パターンをメモリに記憶しており、それと比べることによって素早く飛跡を再構成します。FTKを挿入すれば、早い段階で検出器全体の飛跡情報を得られます。この情報を使って、高輝度下での実験にも対応できるトリガーが作れると考えられています。
 FTKはいくつもの複雑な電子回路の組み合わせで動作しますが、寄田研究室ではこのうち検出器からデータを受け取る最上流の部分(IM;Input Mezzanine)を開発しています。このIMボードについては、基板のデザインから、ボードの量産、ファームウェア開発、ATLASへの実装および運用まで、寄田研究室で一貫して行っている計画です。また、本来の目的であるFTKの物理解析への応用(主にヒッグス粒子のフェルミオンへの崩壊事象の研究)にむけた準備として、トリガーシミュレーションの確立、飛跡の再構成率や分解能の理解、一次衝突点の再構成などの 基礎研究を進めています。
 2015年の再運転の際にはこのシステムをATLAS実験に挿入し、素粒子物理学の新しい幕開けに、実地的かつ本質的に貢献しながら、立ち向かっているのです。