2013/06/30

ANKOK 実験

1. 宇宙を満たす暗黒物質

 皆さんは「暗黒物質/ダークマター」といった単語を聞いたことはあるでしょうか?響きが良いため色々な所で使われていますが、元はれっきとした物理学用語です。銀河を観察すると、光で見える物質だけでは説明できない現象がいくつもあります。例えば銀河の回転速度は、輝く星の量を勘定する限りは外側へ行くほど遅くなっていくはずなのですが、実際には一定となっており光らない物質=暗黒物質が銀河に大量に存在していることを示唆しています。


 また宇宙背景放射や大規模構造といった宇宙全体の観測から、電子や原子核など我々の知っている”普通の物質”は宇宙の組成のたった5%程度に過ぎず、大部分は「ダークエネルギー」と、単に光を発しないだけでなく根本的に電磁相互作用をしない「コールドダークマター(CDM)」という重たい物質であることがわかっています。この暗黒物質としての性質を持つ素粒子は、現在の素粒子標準模型に含まれておらず、暗黒物質の直接検出および正体解明は宇宙物理学・素粒子物理学の最重要課題の1つとなっています。

2. 暗黒物質直接探索実験

 暗黒物質は、4つの相互作用のうち重力相互作用のみで観測されており、電磁相互作用と強い相互作用はしないことがわかっています。もし弱い相互作用をするのであれば、原子核と暗黒物質の反応を捉える事ができるかもしれません。このような暗黒物質をWIMP(Weakly interacting massive particle)と呼び、世界中で探索が行われています。右図さまざまな探索実験の現状のまとめになります。 横軸にWIMPの質量、縦軸にWIMPと標的原子核の反応の強さ を表したものです。

現在、DAMA, CoGeNT, CRESST, CDMSⅡといった実験が質量10GeV程度の暗黒物質を検出したと報告している一方で、世界最高感度のXENON100実験はこれを否定し、かつ超対称性理論で予測されている領域を検証し始めるといった、非常にアツい状況となっています。


 原子核が暗黒物質に跳ね飛ばされて得た反跳エネルギーは、主に発熱・発光・電離といった形で散逸されます。このエネルギーを測定し、暗黒物質以外の原因で起こる偽信号(Background)と区別する実験が、暗黒物質直接探索です。実験によって使用するターゲット原子や信号の種類は様々で、最近ではよりはっきりと偽信号を排除するために2種類の信号を用いる方法が主流です。また、この他にも過飽冷却液体のバブルや反跳原子核の飛跡情報を用いた実験などもあります。

3. 気液 2 相型アルゴン光 TPC 検出器

 暗黒物質探索実験の検出器の一つに気液二相型アルゴン光TPC検出器というものがあり、以下のような仕組みで光と電離電子を用いて暗黒物質を捉えます。まず液体アルゴン中の原子核が暗黒物質に跳ね飛ばされると、周りの原子を励起・電離しながら進みます。励起された原子は基底状態に落ちる際にS1と呼ばれる蛍光を発します。一方電離電子は、一部はまわりのイオンと結合してS1を発し、残りは検出器にかけられた強い電場によって液相から気相へ取り出され、気体アルゴンを電離しS2と呼ばれる蛍光を発します。

 気液二相型アルゴン光TPC検出器では、このS1信号の波形とS1/S2信号比を用いることでγ線やβ線といったbackgroundを暗黒物質信号と区別します。同じ希ガスであるキセノンを用いた場合にはS1信号波形の違いが小さいため分離能力は高くありません。また、液体アルゴン1相の場合には二つ目の方法は使えません。この二つの方法が使えることが、この検出器の大きな利点です。一方で信号量があまり大きくないといった弱点があり、検出効率を良くすることが大きな研究開発項目となっています。

4. ANKOK 実験

 早稲田大学寄田研究室では、2009年8月の設立時から液体アルゴン検出器に関する様々な研究開発を行っており、2012年度より本格的に暗黒物質探索にフォーカスし”ANKOK(Arugon Nisougata Kenshutuki OK)実験”を開始しました。日本で唯一アルゴンを用いた暗黒物質探索で、低質量暗黒物質を狙う世界唯一のアルゴン検出器実験です。これまでに低温・圧力・液面の制御と維持、高電圧印加と電場成形、ppbの高純度 の維持、波長変換材を用いた128nm蛍光の検出といった検出器構成要素開発を確立し、S1・S2信号の純度・電場・粒子種(γ・n)依存性などの検出器基礎特性の理解を進めてきています。

 今年度はBackground事象の詳細な評価や低減、高感度化へ向けた検出器デザイン・小型検出器MPPCの導入や近赤外光の検出など、地上でできるあらゆる研究開発を行い、来年度から予定される地下実験で実際に暗黒物質探索に乗り出そうと計画しています。